評価:★★★☆
昆虫オタクの青年・魞沢泉(えりさわ・せん)が探偵役を務める連作短編集。ちなみに彼の本職は不明だ。惚けたキャラながら、チョウやナナフシなど、昆虫をモチーフにした事件を鋭く解決していく。
第10回ミステリーズ!新人賞受賞作を含む短編集。
「サーチライトと誘蛾灯」
定年後のボランティアで、夜の公園の見回りをしている吉森。最近、公園の治安が悪いようだ。
ある夜、見回りの途中で昆虫オタクの青年・魞沢と私立探偵・泊(とまり)と出会う。魞沢から、様々な人間が夜の公園を徘徊していることを聞き出す吉村。さらには、公園の樹木の上で寝泊まりしているホームレスまでいるという。
そして翌朝、公園内で泊の他殺死体が発見される・・・
雑多な情報が錯綜するのだが、魞沢の推理でそれらがきれいに一つにまとまっていくのは見事だ。
「ホバリング・バタフライ」
奥羽山脈にあるアマクナイ岳をトレッキングしていた瀬能丸江(せのう・まるえ)は、チョウを捕まえようとしていた青年・魞沢と出会う。
20年前、アマクナイ岳の観光地化を目的にボランティア団体・アマクナイ倶楽部が発足したが、法人化をきっかけに倶楽部の雰囲気も変わり、メンバーも分裂や脱退が相次いでいた。
瀬能と行動を共にすることになった魞沢は、彼女が尾行するアマクナイ倶楽部のメンバーの不審な行動から、重大犯罪の匂いを嗅ぎ当てる・・・
ささいな事実の積み重ねから意外な事実を引き出してみせる魞沢の推理が秀逸。
「ナナフシの夜」
バー・〈ナナフシ〉を訪れた魞沢は、保科敏之をはじめとする客たちと意気投合、昆虫のナナフシについての蘊蓄を語りだす。
やがて敏之の妻・結(ゆい)が現れる。いつも仕事の帰りに待ち合わせをしているのだという。
その翌朝、保科敏之が殺され、妻が殺人犯として逮捕されたというニュースが流れる・・・
魞沢自身が「事件の発端を作ったのは自分だ」と言い出し、終盤の展開は意外の一言。しかし伏線は序盤からしっかり張られ、何気ない会話の中にも手がかりは潜んでいる。魞沢の言葉も、説明されてみれば「なるほど」となる。
「火事と標本」
近所で火事を目撃した旅館主・兼城譲吉(かねしろ・じょうきち)は、宿泊客の魞沢に、35年前の出来事を語り始める。
写真家志望の青年・二ツ森祐也(ふたつもり・ゆうや)と知り合った譲吉少年。祐也は病気の母と二人暮らしで、日雇いの仕事を続けながら写真雑誌への投稿を繰り返していた。その努力が報われ、写真集の刊行が決まりそうになったと語る祐也は東京の出版社へ出かけていったのだが・・・その後、途方もない悲劇を経験する譲吉だったが、魞沢の推理はそれに新たな解釈をもたらす。
終盤にいたって事件の様相が一変する展開は、(恋愛要素は皆無なので方向性は異なるが)連城三紀彦に通ずるものを感じる。登場人物の限りない悲哀を描く点もまた然り。本書中では最高の出来だと思う。
第71回日本推理作家協会賞短編部門にノミネートされたというのも頷ける。
「アドベントの繭」
表題作の後日談的作品。住吉台教会の牧師・鎌足大地(かまたり・だいち)の遺体が集会室のクローゼット内で発見された。現場の扉の前には聖書が置かれ、牧師の一人息子が行方不明になっていた。
発見者は朝の礼拝に訪れた5人。その中には魞沢もいた。ちなみに魞沢は信者ではない。表題作に登場する人物を通じて、牧師とつながりがあったのだ。
鎌足は5年前に妻を通り魔殺人で失い、それによって信仰に揺らぎを覚えてしまった。結果的に教会の運営も上手くいかず、多くの信者が離れていってしまっていたのだが・・・
魞沢が導き出した真相は哀切極まりないものだが、ラストに一片の救いが残される。
この記事へのコメント