評価:★★★
落語好きで、一時は本気で噺家になろうとした過去を持つ刑事・平林定吉。読みは「さだよし」なのだが、周囲はみな「サダキチ」と呼ぶ。そんな刑事サダキチが、新人女性刑事を相棒に事件に挑む。
〈高座のホームズ〉シリーズから派生した新シリーズだ。
落語好きが高じて、一時は噺家に弟子入りしたこともある刑事・平林定吉。
相棒は新人女性刑事・三崎優子。170cmを超える長身、柔道二段の腕前でついたあだ名が『金太郎』。寄席に行った経験はないが、講談社文庫版の『古典落語』は全6巻はすべて持っているという。
舞台は昭和50年代。探偵役は〈高座のホームズ〉と同じく、八代目林家正蔵(晩年には彦六と改名した)が務める。
「第一話 放免祝い」
定吉のところにやってきたのは、かつて常習窃盗犯だった長岡忠治郎。
3年前、盗みに入ったところをその家の主人に見つかってしまった。しかし主人は見逃してくれたのみならず、立ち直りの資金として10万円の現金をその場で恵んでくれたという。ちなみに現代の価値に換算すると20万円近いのではないかと思う。
感激した忠治郎は更生することを誓い、警察に自首して3年の刑期を努めて出所してきたのだ。仕事の当ても出来たので、恩人に報告とお礼を言うために上京してきたと云う。
その恩人が噺家の佃家蝦三(つくだや・えびぞう)だったと聞いて定吉は驚く。蝦三師匠にはいろいろ黒い噂があったからだ。定吉は忠治郎を連れて蝦三の家に向かうのだが・・
「第二話 身投げ屋もどき」
三崎優子が初めて寄席に行った帰り、神楽坂の路上で2人の男が口論しているところに出くわす。止めに入った優子は、ものの弾みで片方の男性を大外刈りで投げ飛ばしてしまう。
投げられた男性は噺家の金鈴亭寿喬(きんりんてい・じゅきょう)だった。相手の男性は姿を消し、倒れた寿喬の横に転がるバッグの中には、1000万円近い現金が入っていた。
寿喬によるとバッグは相手の男性のもので、彼が駅の近くの橋から身を投げようとしていたのを止めに入り、揉めていたのだという。
バッグの大金はニュースになって世間を騒がせた。そんな中、持ち主だと名乗る男性が警察にやってきた・・・
「第三話 神楽坂の赤犬」
山桜亭馬八師匠の兄弟子だった河野一郎太(こうの・いちろうた)は20年前に噺家を廃業し、いまは居酒屋を経営していた。その店を新装開店するにあたり、正蔵師匠の元へ挨拶にやってきた。
そこへ居合わせた馬八は、河野の店の写真を見て驚く。写真の隅に黒犬が写っていたからだ。20年前は大の犬嫌いで有名だった河野に、どんな心境の変化があったのか。
一方、定吉たちは "アカイヌ" の捜査にかかりきりだった。"アカイヌ" とは警察の隠語で「放火犯」を指す。都内で同一犯の仕業と思われる放火事件が続発していたのだ。
そのさなか、警察に封書が送られてきた。中身は大学ノートのコピーで、内容はどうやら放火犯の書いた日記らしい。放火犯自身が送りつけたのか、そうでなければ、誰がどんな目的で送りつけてきたのか・・・
古典落語と微妙にシンクロした事件が起こるのは、作者の落語ミステリの定型だ。当然ながら登場人物も落語家が多い。ほとんどは架空の人物だと思う(断言できるほど詳しくないので)が、皆さん落語家らしく個性の強い人ばかり。そんな彼らの言動を追うだけでも楽しく読める。
〈高座のホームズ〉シリーズではゲストキャラ扱い(出番はそこそこあったけど)だったサダキチ刑事が、堂々の主役に昇格。
このシリーズから加わる新キャラ・三崎優子さんもいい。
高身長で腕っ節も強いが天然ボケ的なところもあって親しみが持てる。刑事という男社会の中では周囲から敬遠されてるみたいだが、そんな中で頑張ってる。
活字から落語の世界に入っていくというのもなかなかユニークだ。
ちなみに、彼女が持っているという講談社文庫版は、まさに作中のこの時代に刊行されてたシリーズと記憶している。書店の棚にどーんと鎮座してたのを覚えている。興味が無いわけではなかったが、結局手を伸ばすことはなかった。だって、ものすごく分厚かったんだもの(おいおい)。
京極夏彦を知ってしまった今ではそれほど感じないけど、当時は十分に威圧的な存在感があったよ(笑)。
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