評価:★★★
捜査一課の刑事だけど育児休業をとった主人公・秋月春風(はると)。立派なイクメンぶりで乳児の世話をしているはずが、なぜか事件に巻き込まれる。
甥っ子を溺愛する姉・涼子に振り回されながら、育児に追われるはずが事件の真相を追う羽目に。
主人公・秋月春風は県警捜査一課の刑事だが、長男・蓮(れん)くんが生まれたことから現在育児休業中。妻の沙樹(さき)はフルタイムで働いている。
世間の風潮として、まだまだ男性が育児休業を取るのは珍しい。しかも刑事という職業で。実際にはほとんどいないんじゃないかと思うのだけど、だからこそ小説の題材になり得るんだろう。”育休を取ってる刑事” という(たぶん)珍しい存在を、うまくコメディ要素として取り込んでいる。
春風の姉・涼子は沙樹の高校時代の同級生で、いまは大学の法医学教室で准教授になっている。かなりエキセントリックな性格で、蓮くんをかわいがる様子も半端ではない。
この春風・蓮・涼子の3人組が巻き込まれた3つの事件が綴られる。
「人質は寝返りする」
蓮くんを連れて買い物に出た春風は、涼子に付き合って質屋に入る。ブランドものの高級腕時計を換金するためだ。彼女がそんなものを持ってる理由もおかしいのだがここでは割愛。
しかしそこに、目出し帽をかぶった二人組の強盗が現れ、拳銃で脅して客たちを監禁してしまう。
春風は強盗の目を盗んで警察への通報に成功する。数分で現場には警官たちが駆けつけるだろう。だが春風が意を決して犯人がいる奥の事務室に踏み込むと、そこには強盗の一人が射殺体となっており、もう一人は姿を消していた。
しかしそのとき、現場の周囲は春風の通報によって既に警官たちが包囲していた。殺人犯はどうやって逃げたのか・・・?
ミステリ的なオチとしてはわかりやすいが、読みどころは事件の背景と、それを探り出す春風の捜査ぶりだろう。
赤ん坊を連れた刑事を主役に起用してるだけに、蓮くんが要所要所で重要な役回りを果たす(蓮くん本人に自覚はないだろうけどね)のが上手い。
「瞬間移動のはずがない」
車に乗った春風・蓮くん・沙樹・涼子の4人は高速道路に乗るが、事故渋滞に巻き込まれてしまう。たまたま前にいたミニワゴンについてSAに入って休憩することに。その後、ミニワゴンよりも先にSAを出発(時刻は20:20)、その後2時間かけて大渋滞を抜け、一般道に降りた。
翌日、春風は休業中のはずなのに、職場の上司から呼び出しを受ける。殺人事件が発生したが、その容疑者にはアリバイがあるのだという。
犯行時刻は前日の20:00。しかしそのとき容疑者は営業用のミニワゴンに乗っていたと主張、実際に20:40に職場の駐車場に帰ってきたのが防犯カメラに映っていた。犯行現場から駐車場に戻るには、高速道路の渋滞を抜けなければならず、2時間以上かかるはず。
そしてそのミニワゴンこそ、春風たちが20:20にSAで追い越したものだった。容疑者の車は、わずか20分で大渋滞を突破したというのか・・・
なかなか奇妙で魅力的な謎。トリックも手が込んでて、とてもよくできているけど、実際にやったら(そんな人はいないだろうが)、案外簡単にバレそうでもある(笑)。
「お外に出たらご挨拶」
県警捜査一課長宛に脅迫文が送られてきた。送り主は中国人半グレ集団のリーダー・"赤蛇"。過去に行われた捜査に対しての報復を宣言したのだ。県警が入手した情報では、どうやらテロを画策しているらしい。
さて、蓮くんを連れた春風たちは巨大ショッピングセンターに出かけていき、そこでこのテロ騒ぎに巻き込まれていく・・・のだが、これ以上書くと興を削ぐかと思うので、ここまで。
「人質-」では3ヶ月だった蓮くんも、「お外-」では7ヶ月になり、その成長ぶりも微笑ましい。
3作全体を通しての "仕掛け" もあるのだけど、これはある程度見当がつく人も多いだろう。
それでも、本書は楽しく読める。ミステリとしての個々の作品の出来もいいし、登場するキャラが面白く、サスペンスもある。そしてそれらすべてを "蓮くん" を中心に描いてみせるのが秀逸だ。
子育ての経験がある人は「育児あるある」の数々に嬉しくなるだろうし、経験がない人も十分に楽しめるだろう。将来の "予習" になるかどうかは分からないけど(笑)。
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