評価:★★★★
第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。
自殺したゲーム・クリエイター・水科晴(みずしな・はる)。彼女をAI(人工知能)として甦らせようとする研究者・工藤は、次第に死者である彼女に惹かれていくが、彼の前に謎の妨害者が現れる。
主人公・工藤賢(くどう・けん)は一種の天才だ。
小学校時代、200ページに満たない教科書を2時間で理解した。だからテストはすべて100点。
それ以降も勉学・スポーツ・恋愛に至るまで、最短の努力で最高の成果を達成する方法が彼には "見えて" しまう。
同時に、何をやっても結果が "見えて" しまうことにもなり、彼は「退屈」を感じることに。
大学卒業後、勤めていた企業からヘッド・ハンティングされてシステム会社モンスターブレインに移り、35歳となったいまはAI開発の研究者をしている。
彼が加わった新たなプロジェクトは、死者をAIとして甦らせること。その候補として挙がったのが水科晴だった。
美貌のゲーム・クリエイターとして知られていたが、自らが作成した3Dネット・アクション・ゲーム『リビングデッド・渋谷』を使って自殺していた。
拳銃を装備したドローンをゲームと連動させ、プレイヤーが狙う標的として自分自身を設定することによって。
ネットを駆使して晴のことを調べ始めた工藤は、やがて彼女には "雨" という名の恋人がいたこと、それにもかかわらず、奔放な男性関係をもっていたことなどを知っていく。
彼女の高校時代の同級生や、交際していた男性たちと接触し、晴についての情報を蓄積していく中で、次第に彼女に惹かれるものを感じ始める工藤。そんな時、「晴についての調査を中止せよ」という殺人予告が舞い込んでくる・・・
主人公の工藤は、普通に描いたら「嫌なやつ」になりそう。実際、物事を計算ずくで考えるし、他人を自分の思い通りに動かそうと強引な手も使うし。
でも、あまりそう感じないのは、「死んだ女性に恋する」という、初めから報われないのがわかってることに血道を挙げていく行動が大きいのだろうと思う。このへんが読者の妬みよりも同情や共感を呼ぶ要素になってるのかも知れない。
なにせエンタメ作品だからね。主役が読者から嫌われたら致命的。そのあたりのさじ加減が絶妙に上手いのだろう。
「水科晴とはどんな女性だったのか」と「脅迫者は誰か」の2つがメインの謎になるかと思うが、ミステリ要素はあまり大きくない。
前者に対しては、故人だから何を言っても推測の域を出ないし、脅迫者の正体もびっくりするほど意外な人物、というわけでもない。
でも、なぜかすいすい読めてしまうんだな。読みやすい文体であることも大きいけど、工藤と晴をはじめとして登場してくるキャラたちのもつ魅力も大きいのだろうし、ストーリーテリングも巧みだと感じさせる。
だから、文庫で460ページという長さにも関わらず、最後まで飽きることなくページをめくらせる作品に仕上がってる。
作者は、これが初めて書いた小説らしい。なんとも畏れ入る話だ。
ミステリ作家としてはどうか分からないけど、エンタメ小説を書く力は十分に持っていると思う。
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