評価:★★★
時代は昭和11年(1936年)。舞台は満州。中国の東北部(おおむねロシアと北朝鮮の間にあるあたりを指すかと思う)のことだ。
1932年、そこには満州国が建国されたが、それは大日本帝国の傀儡国家だった。
タイトルにある ”満鉄” とは、正式名称を「南満州鉄道株式会社」といい、その名の通り、満州における人流・物流を司っていた。
主人公・詫間耕一(たくま・こういち)は満鉄本社資料課に勤務する社員。
ある日、満鉄総裁・松岡洋右(ようすけ)に呼び出され、社内で頻発している書類紛失事件の調査を命じられる。
ちなみに松岡は本書の4年後、太平洋戦争開戦直前の1940~41年にかけて外務大臣を務めることになる人物だ。
詫間は警察内の知人から塙宗謙(はなわ・そうけん)なる人物が怪しいとの情報を得るが、その塙は既に何者かによって殺害されていた。
遺留品から塙が通っていたナイトクラブが判明、そこで懇意にしていた女給(ホステス)・春燕(シュンエン)にたどり着くが、なぜか憲兵隊から横やりが入ってくる。
憲兵隊に拘束された詫間を救ったのは、陸軍特務機関の諸澄(もろずみ)少佐だった。
松岡総裁が個人的に雇っている密偵・辻村とともに調査を続ける詫間は、ナイトクラブの客であるロシア人ボリスコフがソ連のスパイであることを知る。
彼を追って大連駅から哈爾浜(ハルビン)行きの急行列車に乗り込むが、そこには憲兵隊員、諸澄少佐、春燕までも乗り合わせていた。そして車内で乗客の1人が殺されてしまう・・・
車内での殺人事件にはいささか不可解な点があるのだけど、そこを含めて合理的な解決が示される。ミステリではあるけれども、本書の読みどころは当時の満州の描写だろう。
各国のスパイ同士の抗争があり、特務機関と憲兵隊の縄張り争いがあり、列車の走行中には馬賊の襲撃があり、謎の中国人美女の暗躍がありと、満鉄の旅は盛りだくさん(笑)。詫間は波瀾万丈の冒険に否応なく巻き込まれていく。
駅構内や列車の運行など鉄道内外の描写もリアルで、さすがは元鉄道マンだ。
旅の途中で起こる ”荒事” への対処は、密偵の辻村や特務機関の諸澄少佐のほうが長けているわけで、詫間はあまり活躍の場がない。でもちゃんと終盤には見せ場が用意されていて、主役の面目を保つ。
すべてが明かされてみれば、この時代、この場所ならではの事件だったことが分かる。登場人物たちそれぞれが持つ行動原理も、事件を起こした犯人の動機にも、それが色濃く影を落としている。
そして、事件が解決しても、5年後の未来には太平洋戦争が待っている。この物語の登場人物たちにどんな運命が降りかかってくるのか、ちょっと感慨にふけってしまった。
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