発現



発現 (文春文庫 あ 65-8)

発現 (文春文庫 あ 65-8)



  • 作者: 阿部 智里

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋

  • 発売日: 2021/08/03

  • メディア: 文庫







評価:★★☆



 大河ファンタジー『八咫烏』シリーズで有名な著者のノンシリーズ作品。今回はホラーだ。





 平成30年。

 主人公・村岡さつきは大学1年生。一回り年の離れた兄・大樹(だいき)とその妻・鞠香(まりか)との間には5歳の娘・あやねがいる。

 ある日、彼女が通っている大学まであやねが訪ねてきた。両親がケンカをしたのだという。そしてその夜、大樹は妻子を置いて実家に戻ってきてしまう。



 大樹は異様に憔悴していた。”ありえないもの” が見えるようになったのだという。精神科医の治療を受けても改善せず、性格も行動も一変してしまった兄を見ていたさつきは、かつて母が同じような状態になったことを思い出す・・・





 昭和40年。

 地方で農業を営む山田省吾のもとへ、東京で暮らす兄・清孝の訃報が届いた。

 死因は自殺だった。立体交差橋の欄干を自ら乗り越えて、下の道路へ転落したのだという。



 葬儀に参列した省吾は兄の様子を訊いて回る。仕事では優秀で人望もあり、家庭も円満。そんな兄が妻子を残して自ら命を絶つはずがない。

 警察から得た情報によると、兄は死ぬ直前、泣いていたらしい。そして自ら欄干に上がり「彼女が、追いかけてきた」と言って身を投げたのだという。



 かつて清孝と省吾の2人は揃って満州にいた。清孝は軍人として、省吾は開拓団の一員として。終戦後、清孝はシベリアに抑留され、省吾は清孝以外の家族全員を喪ったが、ともに九死に一生を得て帰国を果たしていた。

 省吾は清孝が自殺した理由を調べようとするが、清孝の妻・京子はなぜかそれに反対し、兄が戦時中のことを記録したノートを燃やそうとするのだった・・・





 物語は平成30年と昭和40年、二つの時代を交互に描いていく。もちろん終盤では一つにつながり、大樹の幻覚や清孝の自殺の理由もまた明らかになる。



 私は怪談とかホラーというものが今ひとつ好きになれない。小野不由美の『悪霊』シリーズみたいに、けっこう楽しめるものもあるので、ホラー作品全部がダメというわけではないのだけど。

 好き嫌いは多分に感覚的なもので、作品ごとに異なる。理由なんてあってないようなものなのだが、本書に関しては理由がハッキリしてるように思う。





 以下の文章はネタバレに属することかと思うので、未読の方はご注意を。





 本書の後半に入ると、ヒロインであるさつきにも兄と同じような ”幻覚” 症状が現れる。だが、彼女がそんな目にあわなければならない理由はないのだ。一言で言えば ”とばっちり” である。

 さらに言えば、兄弟がこの ”幻覚” から解放される描写もない。つまりこの兄妹はこのあとの人生で、ずっと ”幻覚” を抱えていかなければならない。

 本来責めを負う必要がない者にまで ”業” を背負わせる。これは理不尽としか言い様がない。



 もし本当に祟りが存在するのなら、祟りを発生させるような悪行を為した者をきっちり呪い殺して、そこで終わりにするべきだと思うし、数十年後の無関係な人間にまで祟りを降らしたら、完全な ”八つ当たり” だよねぇ。そんな理不尽がまかり通る物語はやっぱり好きになれないんだなぁ。



 ホラー好きな人からしたらトンデモナイ奴だと思われるかも知れないが、それが私の正直な感覚。



 まあ本書においては、上記のような描写を通じて作者が訴えたいものがあるのは分かるし、それにはホラーという形式が効果的だと考えたのだろう。

 でもね、やっぱりホラーは私の好みのジャンルではないと再確認しました。





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