評価:★★★☆
父・平山滋、母・華菜(かな)、息子・史彰(ふみあき)、娘・麻莉香。
この一家4人の10年間を綴る物語。
「海に吠える」
小学6年生の史彰は、父・滋の転勤に伴って千葉県の犬吠埼近くの漁師町に引っ越してきた。しかし、母親の華菜は滋との同行を拒み、9歳の妹・麻莉香とともに東京に残っていた。
医師である滋は銚子の病院に勤務することになり、史彰もまた徐々に田舎の暮らしに慣れ、友人もできてきた。しかしそんなとき、滋についての悪い噂が広まっていることを史彰は知る。
それは事実とは異なっていたが、噂の出処がいちばん仲良くしていた友人だと聞かされ、ショックを受けるのだった・・・
「君は青い花」
千葉へ引っ越して5年後。東京へ出てきた滋は、ホテルのバーラウンジで突然、倉科という男から暴言を吐かれる。彼はかつて、華菜と結婚することを望んでいた男だった。そこから、妻との出会いを回想する滋。
21年前、医学部の6年だった滋は恩師の喜寿を祝うパーティーで22歳の華菜と出会い、たちまち魅了されてしまう。製薬会社の重役を父にもち、”深窓の令嬢” というのを絵に描いたような美女だった。
倉科をはじめ、華菜の歓心を買おうとする男は少なくなかったが、なぜか彼女は滋を選び、交際が始まった。
北関東の公務員の息子として生まれ、地方の国立大の医学部に奨学金をもらいながら通っていた滋。
およそ彼女とは釣り合わないであろう男を、なぜ彼女は選んだのか・・・
「川と小石」
「君はー」と同じく、別居から5年後の華菜が描かれる。
学生時代の友人と会った華菜は、自分が少女だった頃を回想する。
友人と別れた華菜は祖父母の菩提寺を訪れ、祖母と親しかった住職の奥さんから、祖父母のこと、両親のこと、そして自分の結婚を巡って家族内で起こっていたことを聞く。
そして華菜は、初めて滋の実家を訪れた日のことに思いを馳せる・・・
前章の「君はー」と、この「川とー」は、実は対になる話になっている。どうつながるかはナイショだが(笑)。
「寄り道タペストリー」
母と共に東京に残った日から8年後。麻莉香は私立の女子高で2年生になった。母譲りの美貌でたびたび芸能界からのスカウトを受けるが、穏和な性格もあって全て断り、手芸部でタペストリー作りに勤しむ日々。
そんなとき、クラスメイトの野村から意外なものを見せられる。隣のクラスでバスケット部の仁科翼が、渋谷のクラブで撮られた写真だ。そこは高校生入場不可の場所だった。これが学校に知れたら、最悪の場合は退学処分もあり得る。
翼は麻莉香にとって親友以上、”憧れの存在” でもあった。麻莉香は野村とともに翼を説得しようとするのだが・・・
麻莉香が翼に向ける感情は、同性愛とまでは言わないが、女子校には女性同士の ”疑似恋愛” 的なものがあると聞くので、それに近いものなのだろう。
本書はミステリではないけど、この章はいちばんミステリっぽい。写真を撮ったのは誰か。そしてそれを生徒間に流布させた目的は何か。
”探偵役” となって推理を巡らし、真相にたどりつく野村さんなのだが、実は彼女にもある ”秘密” があった。
「ひとつ空の下」
滋たちが銚子へ移ってから10年。未だ別居は続いていたが、家族それぞれが新しい生活に入っていた。
滋はあい変わらず銚子の病院で働き、史彰は千葉の大学で院への進学を控え、麻莉香もまた北海道で大学生になり、華菜は東京暮らしを続けている。
その麻莉香から連絡が入る。祖母が胃の手術をするのだという。慌てて東京へ帰ってきた史彰に、麻莉香は語る。最近、母の様子がおかしいのだという・・・
上にも書いたように、本書はミステリではないが、要所要所に ”伏線” が仕込んであって、あとあとの物語でそれが効いてくる。
夫婦が別居に至った理由は物語の冒頭で明かされている。滋は自分の正義を貫いた結果だったのだが、いくら理屈が正しくとも、感情がそれを受け入れないこともある。
愛し合いながらも、互いに譲れないものがあったがゆえの別居。しかし時が経つにつれて相手の心情を理解できるようになっていく。
本書はその過程を丁寧に追っていき、最終話「ひとつ空の下」で4人が選んだ(というか、自然とそういう形に辿り着いた) ”家族の形” を示して終わる。
これもまた、現代での家族のありようのひとつではあるだろう。
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