舞台は18世紀のロンドン。
外科医のダニエル・バートンは私的な解剖学教室を主宰していた。
当時、解剖学は医学の一環としての市民権を得ておらず、
宗教的にも道徳的にも非人間的な行為と考えられていた。
だから解剖しようにも死体がない。
もちろん、医学のための献体なんて全くないし
犯罪被害者の検視解剖なんてものはずっと後世のことだ。
じゃあどうするのかというと、非合法に手に入れるしかない。
墓荒らしに金を払って死体を掘り出してもらうのだ。
(西洋では火葬にせず、遺体を棺に入れて埋葬する。)
その日、ダニエルが入手したのは准男爵令嬢エレインの遺体。
5人の弟子たちと共にまさに解剖にかかったところに
治安判事の助手アン=シャーリー・モアが現れる。
死体の不法入手を摘発するためだ。
急遽、遺体を暖炉の奥に隠すダニエルたち。
間一髪、危機を逃れたかと思いきや、いつの間にか
暖炉のその奥に、さらに2体の遺体が隠されていた。
1人は四肢を切断された少年、もう1人は顔を潰された成人男性。
というわけで、突如として殺人事件に巻き込まれたダニエルたち。
それと並行して、詩人として世に出ることを夢見て
田舎からロンドンに出てきた少年・ネイサンの物語が
並行して綴られていく。
純朴な少年に都会の風は冷たい。治安は悪く、
下宿代はふっかけられるし、ろくな働き口はない。
原稿を持ち込んだ書店の主はろくに相手にしてくれない。
そんな中、貴族の娘エレインと知り合ったり、
ダニエルの弟子のエドワードとナイジェルと友情を育んだりと
少しずつ都会の暮らしに慣れていくが、やがて彼を悲劇が襲う・・・
2つの物語は中盤過ぎで一つの流れになっていくのだが
さらに密室状態での殺人が起こり、事件は混迷していく。
文庫で500ページ近い大作なのだけど、意外とすいすい読める。
一つには、登場人物のキャラがしっかり立っているのが大きいだろう。
外科医のダニエルもそうだが、彼の5人の弟子もまたいい。
容姿端麗な一番弟子エドワード、
解剖のスケッチを描かせたら天才的な腕前のナイジェル、
おしゃべりなクレランス、太っちょのベンジャミン、細身のアルバート。
盲目の治安判事ジョン・フィールディング。
目は見えなくとも相手の声色で真実と嘘を見抜くと噂される敏腕判事で
本書の探偵役でもある。
彼の姪で助手を務めるアン=シャーリー・モアは
当時の女性としては珍しい職業婦人。
男勝りの行動力で、いかがわしい場所にも果敢に飛び込んでいく。
一向に芽が出ず、将来への不安に押しつぶされそうなネイサンに対し、
彼の前に現れる店主ティンダル、仲買人エヴァンズ、
零細ジャーナルの発行人ハリントンと、みんな一癖も二癖もあって
胡散臭さ全開の方々ばかり(笑)。
18世紀のロンドンというのも、現代のイメージと全く違っていて
路地を一つ入れば無法地帯、だいたい治安を守るべき職にある者に
お上から給料が出ないもんだから当然のことながら賄賂が横行、
刑務所の中の扱いまで金次第とか、もう想像を絶する世界。
そんな舞台の中を、ネイサンやダニエルの弟子たちが駆け抜けていく。
殺人事件の真相も二転三転、もういい加減
ネタが出尽くしただろうと思っていたら、最後の最後でまた・・・
第12回本格ミステリ大賞受賞作も納得の作品なんだが
驚くべきは作者の年齢。本書の初刊は2011年なのだが、
皆川博子女史はなんと1930年生まれ。
80歳を超えてこれだけの大作を書き上げたことになる。
作中の少年たちとは60歳くらい違うのだが
思春期の彼らの葛藤や苦悩を描く筆に年齢差を感じさせない。
これはもう脱帽するしかない。
しかも、2013年には本書の続編『アルモニア・ディアボリカ』を
書き上げてる。こちらは文庫で600ページ近い厚さで、
本書よりも100ページくらい厚い。ものすごいバイタリティだ。
一億総活躍社会を体現している人だねぇ・・・
こちらも手元にあるので、近々読む予定。
この記事へのコメント
mojo
nice! ありがとうございます。
mojo
nice! ありがとうございます。
mojo
nice! ありがとうございます。
mojo
nice! ありがとうございます。